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新聞の読み方教えます

新聞の読み方教えます。新聞を面白く読むためのニュースを紹介していきます。

マイクロフィルムの休日

国立国会図書館に行ってきた。企画の下調べをするためだ。余計なものがほとんどない機能的に洗練された永田町エリアが、期待感を演出する。

 

まず登録からして厳重だ。それぞれの申請に、丹念に目を通し、赤字でメモをしていく。そのあとチップが埋め込まれた登録者カードが渡される。このカードをつかうと館内の端末が使える仕組みだ。ハイテク化された管理に感動する。

 

その日はマイクロフィルムを見るために図書館を訪れた。ナイーブなフィルムを傷つけないように恐る恐る扱った。意外とフィルムはタフで、慣れてくると、手早く扱っていた。

 

結局、企画は諦めることにした。マイクロフィルムを40年分あたるのは現実的ではないということを体感したのだ。

 

マイクロフィルムというものに一生手を触れない人もいる。手を触れるかどうかは、運命のいたずらである。

 

期待は空振りしたのだが、マイクロフィルムの扱い方という新たな技能を身に着けたので、満足感はある。手段と目的の顛倒。これぞ理想の余暇の楽しみ方だと思った。

30歳になるまでもう少し

どういう文脈だったのかは忘れた。何気ない一言だった。

 

「俺らもいい歳なんだな」

 

自分で言った。漏れた本音だ。

 

年齢なんて関係ない。人生にレールはない。決めるのは自分だ。これらは本当にそうだろうか。

 

年齢は人生の残り時間を示す。残り時間1日と1年。やることは変わって当然ではないか。あるいは経過時間を示す。社会に出てから何が染みついたのか、30歳は振り返ってしまう節目だ。

 

人生にレールはないが流れはある。流れを逆行したり、流れのなかで立ち止まるのは、なかなかしんどい。流れは選べない。あまりにも透明だから。

 

決めるのは自分、と思っている人は、環境が自分にもたらす影響を軽視している。僕が30歳という年齢に慨嘆しているのも、今思うと、周囲が30歳になる前にライフイベントを迎えているからだ。このように何気なくとった行動を振り返る癖が僕にはある。ささいな幸せにも気がつくし、忘れがたい感覚も覚える。

 

焦る必要はない。わかっていても都会にいると焦ってしまう。背伸びしてしまう。不要な緊張をする。それは不愉快ではない。苦痛でもない。窮屈でもない。ただ忘れっぽくなるのが気になる。毎日のささいなできごとを激流のなかでも大切にしたい。もうすぐ夜明けの時間だ。

健全・不健全

昨夜から新居で過ごしている。寝床が変わるのは妙な気分だ。天井の高さが気になる。外の灯りが気になる。布団の硬さが気になる。気がつくと寝言を言っていた。

 

新居には5人が住んでいる。いわゆるシェアハウスだ。知り合いの知り合いばかりなのでもう馴染んでいる。住人は自立していて依存しない関係が心地よい。

 

といっても冷たいわけではない。尋ねれば教えてくれる。困っていれば聞いてくれる。話しかければ答えてくれる。あるラインまでの優しさは嗜みとして振る舞うのが都会の流儀だ。

 

人に優しくするのは癖になる。人に優しくされるのも癖になる。両者がそろうと共依存が生まれる。病的な関係だ。お互いに破滅するから心地よくても病的だ。

 

破滅と老衰。どちらが健全だろうか。通念で考えると後者だろう。しかし甘い陶酔のなかなら破滅であっても健全なのかもしれないと思う。共依存にある人は外部に対して臆病だ。

 

健全であるのがよいことなのか。目的のためなら病的であってもよいのではないか。昨年末、狂気のなかで創作が花開いた。創作のためなら破滅する覚悟はあるのか。

 

ある、と答えたい。即答はできない。どうか死ぬまで待ってほしい。そのとき創作のために生きたと、過去形で答えたい。

故郷を去るにあたって

今、故郷を去る汽車にのっている。ひどくゆれる。パソコンが台から落ちるのではないかと不安になる。

 

前から電車のなかで文章を書きたいと思っていた。だがいざ乗り込んでみると眠ってしまう。

 

今回は不思議と眠くない。書かなければならないという気がする。何をだろう。何のためだろう。わからない。ただ、この正体不明の、僕を駆り立てるものこそが、才能の証だと思っている。

 

思い返すと鳥取の四年間は長い休暇のようだった。お気楽に過ごしていた。そしてどこにいっても異邦人の気持ちだった。僕の安住の地ではないという確信を得た。

 

東京が安住の地、というわけではないが、魅力的な戦場だ。今は毎日戦いたい。もっと強くなりたい。強くなって何をするのだろう。

 

それは強くなってみないとわからない。強くなったとき、つまりできることが増えたとき、わくわくする感情と限られた時間に焦る感情、何をしても無意味という感情、この3つのバランスがどのようになっているのかわからない。

 

さあ戦いの始まりだ。

別れ際

鳥取を離れる前に、祖父に挨拶をしてきた。僕は別に改まってする必要もないと思っていた。しかし母がどうしてもしていけと言うので挨拶に行った。

 

祖父は90歳を超える高齢だ。心臓の病気も持っている。次に会えるかどうかはわからない、とのことだった。

 

僕は人の死について淡白だ。身内を亡くしたことは何度かある。友達が突然逝ったこともある。けれども涙ひとつ流れなかった。遠くに行ったのだなあとしみじみ感じた。

 

祖父とウナギを食べた。祖父は「お前に重要なことを言っておく必要がある」と切り出した。いったいどんな秘密があるのだろうと、それにはびっくりした。大したことはない、銀行で役員をしていた祖父らしい、訓戒じみた激励だった。

 

歌うように節をつけて、しわがれごえを逞しく伸ばす、じいさんのしゃべり口調。しばらくじいさんは元気だな、と思った。死について淡白なはずなのに、それには安心している自分を見つけて意外だった。

 

様々な別れがある。全ての別れについて平等に淡白でありたい。

出版計画

本を出そうと思っている。鳥取にいるうちに土台を固める。東京に行ったら具体的に動く。企画を立てる。出版社に持ち込む。取材する。できることは全部やる。

 

本を出すことは夢だった。歴史に名を残すことができるからだ。たとえそれが小さくても、僕の死後に、僕の本を見つけてくれる人を夢見ながら息絶えたいと思っている。

 

シンプルかつインパクトのある企画なので、どこかの出版社が拾ってくれることを期待している。しかし全くの片思いだ。思い込みかもしれない。向こうの気持ちはまだわからない。しかし夢がかなうビジョンが見えている。

 

夢が計画に変わった。そうすると、妙に興ざめた気分にもなる。夢は心地よいものだが、計画は生々しい。

 

次の節目は計画が行動に変わるときだ。そのときに機敏に動けるか。繊細に感じられるか。大胆に構えていられるか。楽しんでいられるか。始まる前から自分に問いかけている。

 

夢を抱えられる懐を自分はもっているのか?

春のために生きるのか?

幸せな夢をみた。余韻に浸ろうと思った。このエントリーを書いている。一度書いて全て消した。書いてみるとつまらないことだった。なんだ、僕は、こんなことを求めているのか、と恥じらいを覚えるほどだ。

 

概略を言おう。自然なかたちで人との関係が深まる夢だった。ドラマチックなことはなにひとつない。小津安二郎の映画のように淡々とした夢だった。

 

それでも、春の訪れのように、戻れない壁をいつのまにか越える瞬間が夢のなかにあった。音速の壁、のように見えないもので、それを越えた瞬間に、つきぬけた幸せがあった。

 

人はなんのために生きるのか。それは人それぞれだ。しかも時と場合によってころころ変わる。ひとつの答えをだすことはできない。なんのために生きるのかという問いかけは誤っている。「なんのために生きたのか」なら答えられるはずだ。

 

あるいは、なんのために生きているのか、と自分に問いかけてみる。心が答えを映しだすはずだ。それは言葉でないかもしれない。兆しは自分のなかにある。